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第135章(第4页)

不機嫌そうな博雅に言われた事には覚えがあった。前までは都の為に尽力を尽くす事だけを天命にして動いていたというのに、今では夜を待つ事ばかりを気にしている節があった。黒清明の事も忘れかけ、偶然見つけた大天狗の羽根で博雅が騒いでいようと、それが何なのか一瞬思い出せないくらいである。原因と言えば、妖琴師と過ごす夜しか思い付かず、もう桜の木に行くのはやめようと心に決める。

だと言うのに、何故自分は今ここにいるのか。

気づいたらいつものように桜の木の下に来ており、目の前には琴を構える妖琴師の姿があった。

我に返ったのなら踵を返すべきだろう。そう思い、足を動かせば不機嫌そうな声が引き止める。

「何処へ行くつもりだ」

前までは「早く去れ」と言っていた口が言う言葉には到底思えない。

「明日は早いのでな。今日は早々に退散するつもりだ」

「ほう。ここまで来ておいて今更そう言うのか」

「元々来るつもりがなかった。何故今ここに自分がいるのかも不思議だ」

素直にそう言えば、妖琴師は目を細めて笑う。

「ならば、早く去るが良い。囀る虫に聴かせる音はここにはない」

「手厳しいな。では、そうしよう。……あぁ、お前には申し訳ないが、暫くはここには来ないつもりだ」

有言実行をもとにキッパリ宣言すれば、彼は何故かおかしそうに笑う。

「いいや、君は来るさ。私が頼まずとも、君は来るだろう。明日の君は黙ってそこに佇み、自分の愚かさに嘆く事になる」

「……」

「どうした?去るのではなかったのか?何故いつまでもそこにいる」

無言で佇めば、嘲笑混じりに言われてハッと我に返る。暫くはここには来ないと心に決めながら、久しぶりに何の子守唄もないままに寝所に潜った。しかしながら、朝が来るまで目は覚めたままで、意識はハッキリとしているものの、身体の疲労は昨日までが嘘のように溜まっていた。重たい身体を引きずりながら、博雅と神楽を連れて都の鬼退治へと出向く。以津真天に二軍の引率を頼み、自身は術を使って周囲を探る。そんな中、不意に袖を引っ張られ、私は背後を振り返った。

「晴明、今日は博雅に任せて帰った方が良いと思うの」

「神楽……私は」

「式達も晴明が体調が悪い事を見抜いてる。そんな状態で戦っていたら、怪我をしてしまうかもしれないでしょ?」

そう言われて式達に向ければ、戦いながらも以津真天が静かな目でこちらを見ているのが分かった。見抜かれているというのは本当らしい。隣にいる妖琴師は一切こちらを振り返らない。

「……すまない。今日は先に帰らせて貰うとしよう」

「うん。そうして」

不意に、妖琴師の琴の音が聞こえてくる。音を聴いた混乱した悪鬼は味方を傷つけながら、以津真天が最期のトドメを打っている姿があった。そんな事よりも、先程微かに聞こえた音の方が気になって仕方がない。これではいけないとかぶりを振り、博雅に事情を話にいく。

しかしどうしてか、先に帰って寝所で寝ていたはずなのに、私はいつの間にかあの桜の木の下にいた。まだ昼間なので妖琴師の姿はない。そこにホッとしながら、早く去ろうとするのに足が全く言う事をきかなかった。鉛にでもなったかのようにその場に佇み、ぼんやりと桜の木を見上げる。

「――だから言っただろう?君は来ると」

背後から聞こえてきた馴染みある声に私は振り返らない。否、振り返れなかった。

「そこに跪いて乞うが良い。聴きたいのだろう?私の調べを」

それまで動かなかった足はまるで嘘のように動いた。言われた通りに膝を折り、桜の木を見つめたまま息を殺してあの音が奏でられるのを待っている。

「聴かせてやろう、思う存分。今度は立ち去るなどと言えぬように、その魂に刻んでやる」

いつもの位置に、妖琴師が座る。優雅に袖を翻し、見せつけるように琴を構えて。僅かに見えた御魂の発動に、私は息を飲むしかない。

「ほら、近くに寄れ」

聞いてはならない。行ってはならない。そう思うのに、身体は自然と前に進む。

人を狂わせる音律の持ち主。それに加えて、人を狂わせる効果のある御魂を混ぜれば、一体どれほどの効果となるだろうか。それを今から味わうのだと思うと、ゾッとした。

「捕まえた」

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